2011年05月15日

関東被曝民と精神科医さんより文科省へ・・・

fuji-2.jpg

一介の心療カウンセラーである私さえ
文科省のホロコーストには
非常に腹を立てています。3月11日から怒髪天をつく日本となり
国際社会に対して「恥」を知れ、官僚・御用議員・東電・御用学者と
日本人である私が恥ずかしい思いを抱えています。
日本人を白痴民族、あえてこう呼ばせていただきたいです。
私も含めて・・・。

その文科省がWSPEEDIを、これ見よがしにやっと5月10日に出しました。
元・セラピストでいらっしゃる中鬼さんが
サイトにて解析してくださいましたのでご紹介します。
関東・東京はチェルノブイリの第三区域にあたり
超・汚染地帯です。政府も、国民の生命を見捨ててまで首都経済を守りたいのかしら???
http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-49.html

また、何故だか神になった文科省に対して
大阪の精神科医さんがFaceBookに声をあげてくださいました。
転載許可があるので、下記に載せさせていただきます。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
大阪で精神科医をしています。
原発問題には以前から関心があり
今回の福島原発の事故も気が気ではなく
事態の展開を見守っていました。
最近になり、精神科医としても黙っていられない状況となり
以下のようなメールを友人の精神科医たちに送っています。
文科省が教育関係者に向けて「放射能を正しく理解するために」という文書を
4月20日に発表しています。

精神科領域に関係することが書いてあるとのことでしたので、
目を通してみたのですが、なんてことだと頭を抱えてしまいました。

「放射能を正しく理解するために」
前半は、あの「年間20mSVまでは安全」
というとんでもない基準について
述べられていて、これだけでもかなり不愉快なのですが
我々精神科医に
直接関係してくるのは後半です。
12ページの一番下に
「放射線の影響そのものよりも『放射能を受けた』という不安を抱き続ける
心理的ストレスのほうが大きいと言われています」と書き
13ページ以降にその説明として
心理的な強いストレスの受けたときの子供の反応を解説し、
「PTSD」について述べ「放射能のことを必要以上に
心配しすぎてしまうとかえって心身の不調を起こします」
と結論付けて
「からだと心を守るために正しい知識で不安を解消!」と結んでいます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は
過去の心的外傷が原因で発症しますから
現在進行形の事態に対してPTSDを持ち出すことはそもそもおかしな話です。
また、あたかも「放射能を心配しすぎて」PTSDになるかのような説明は
間違っています。「心配しすぎて」PTSDになったりすることはありません。

PTSDはレイプ、虐待、戦争体験、交通事故などなど
生命が危険にさらされる
現実の出来事の後に生じる疾患です。
今、原発被害に関してPTSDを論じるのであれば
PTSDの予防ですから
「安全な場所に避難すること」と「事実を伝えること」が必要です。

ところが文科省のこの文書は
「年間20mSVでも安全という間違った情報」を与え
「避難の必要はない」と言っていますから
PTSDの予防としても間違っています。
そもそも放射線の被曝による生命の危機を認めていません。
あまりのお粗末さにあきれてしまい、開いた口がふさがりません。

福島原発の事故の責任は国にあります。
この文章は加害者である国が、被害者の口を封じ、あたかも被害の責任が
被害者側にあるかのような論述を組み立てています。
これは、レイプでも幼児虐待でも加害者側がよくやるやり方です。

このやり方を繰り返されているうちに、
被害者は被害を受けたという事実が
見えなくなり自分を責め
PTSDであることすらわからなくなってしまいます。

PTSDという疾患概念は、被害者が自分の症状と過去の出来事との関連に
気づくためのものです。

それを被害者の口封じのために利用していることに腹立ちを感じます。
こんな内容の文書を信じる人はいないだろうと思っていたのですが
先週末に福島出身の作業療法士さんと話をしたら、
「そんなことありませんよ。信じてしまいます。
肩書のある偉い先生や
政府の人が言ったら、一般の人はそうかなって信じてしまいますよ。

「福島は混乱しています」と言っていました。
事態は切迫していて
黙っていたら加害者側に立つのと同じになってしまいます。
時間も気力も限られていますので
まずは伝わりそうな人に伝えています。

この文書の作成に協力している小児心身医学会と
メールのやり取りをしている
のですが、なかなか動こうとしません。

トラウマティックストレス学会には
原発事故の際の心のケアについて
ちゃんとした文章が載っていました。

原発事故による避難者/被災者のメンタルヘルス支援について
以上です。

福島の皆さんにこのことを知らせたいと思っています。
文科省に文書を撤回させることはできなくても
知識を広めることで文書を
無効化してしまえたらと思います。
転送等していただけたらありがたいです。

チェルノブイリの事故の後
心身の不調を訴える人々に対してソ連が
「放射能恐怖症」という精神科的な病名をつけて
放射線被曝の後遺症を認めようとしなかったことがありました。

それと同じことが日本でも
起こるのではないかと心配しています。
放射線被曝の被害を矮小化しようとする
国の態度は正さなければなりませんし、
そのために精神医学が利用されることを防ぎたいと思っています

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最後に「カウンセラーたちへ・・・癒すことなら犬でも出来る」
posted by junko at 23:31| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

告白

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「湊かなえ」さんの小説を映画化した「告白」
先日、いつものように骨休めの為に借りてきた
ひとつのDVDなのに、松たか子さん演じる主人公が
あまりに自分と似ているような気がして
爽快さすら感じたので、HPつれづれ日記に認めました。

http://www.concierge-junko.com/cafe/diary/con_new154.html

カウンセラーには必見のDVDだと思います。(^_^)/
posted by junko at 21:56| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

現実

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愛知県の中学校で、女性教諭を「流産させる会」なるものができ
11名の中学生が教諭の給食にミョウバンや食塩を入れるなどの
愚行を行っていたとの報道がありました。

この国は、どこか歯車が狂ってきているように思います。
現実を、現実として受け止める力、言い換えれば
現実などというものは苦労や不安や恐怖の中で、それでも
生き抜くことであり、そこをもがく力を、この国は喪失しつつあると
感じています。
そんな現実において、人は人を傷つけ、人は人を癒し
自己の関係論の構築としての経験をしながら
「孤独」という現実に対してオブラートを創って飲み込んで
きたのではないかと思います。

中学生の流産をさせる会、現代社会の、この現実を
我々は自分への課題として、かかげられなければ社会とは
何かを定義できない世界で、自身が生きていることとなります。

命の尊さ・・・生きとし生きるもの全ての命を尊ぶことは
歴史の大河に「宗教」として流れ、荘厳なる響きを
人々の胸に刻んできたはずです。それも人類の誇るべき文化なのだと
私は解釈しています。

しかし、昨今は、10日間家族旅行に出かけるという理由で
自宅で飼っていた犬を、子供と共に
保健所に連れて行く時代だと聞きます。
人間の倫理・道徳・哲学は、この国において
消滅してしまったのでしょうか。
知識人の一部で働きかける、当たり前の声が
何故に人々の心に届かないのでしょうか。

愛に揺れない現代人、どこか「甘え」を所有し続け
破壊(タナトス)にとどまる、この国の特性。
命の尊さ・・・自己が限られた生命であるという認識を
「死」を見つめることによって、自分がどう死んでいきたいか・・・
それは、実は如何生きていくのかを改めて考え直すことであること
もっと、自分の「死」を身近に感じられるように
生という儚き現実の中で、しっかりと自己の肉体の儚さをも
受け止められた時、自己の命に代わるものが見えてくるのではないでしょうか。
私は、自分の命より大切なものを、常に所有してきたからこそ
生きられた・・・人生観として捉え返しています。

日本インテグラル・カウンセリングスクール
http://integralcounseling.web.fc2.com/


上級講座は「死の講座」
http://integralcounseling.web.fc2.com/kouza_jou.html
死生学〜サナトロジー〜 と
アビダルマ心理学〜スピリチュアル・カウンセリング講座〜


共に、専門的に上記を学んだ講師たち、スペシャリストが
お届けします。

限りある生命を生きるということは、自己の生命を超えて
守らねばならないものを守り続けること
貴方は自分の生命を如何、使いますか?
そして、この国の現状を、このまま置き去りにして死にますか?
posted by junko at 01:27| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

臨床瑣談

champagne-s1.jpg

雪かきの合間の骨休めに中井久夫先生の
「臨床瑣談」(みすず書房)という著作を読んでいます。
中井久夫先生の著作は
精神医学の勉強は勿論のことですが「人を知る」という意味で
たいへん興味深い内容です。
オーソドックスなマニュアル本では味わえない醍醐味を
名人と呼ばれる人たちが与えてくれる「本」という文化は
人間に生まれてきた喜びをも感じさせてくれます。

先日、あるカウンセラーの方から
「人の意識(?)と聴覚」について質問がきました。

中井先生は「人の意識」を普段支えるものを、担当医師が匙を投げ
昏睡状態にある患者さんの蘇生において、こう述べられています。
人間の意識は普段、何に支えられているか・・・
(みすず書房・臨床瑣談より)
第一に「視覚」
ドーマン法を直ぐに想起するほど、誰しも異論なき支柱。
第二に「聴覚」
聴覚は臨死状態でも最後まで残る感覚である。
警戒感覚だから情動との関係が深い、そして聴覚が視覚を補う面の
ひとつに弁別性の高さがある。
臨死状態時、コミュニケーションとしては「まつげ」を
使用すること。
ここまでは発想的に、うん、うんと頷ける部分でもあります。

そして中井先生の凄いところは・・・ここで終りません。
次に意識を支えている身体の箇所で不快ではない刺激を
人間に与え続けられるもの
第三は「足の裏」であることを、発想付けた洞察力だと思います。
なるほど、足の裏には二足歩行を支える全てのセンサーがあります。
そして中井先生は、人間に可能で他の類人猿に不可能なことは
片足立ちであると、即座に考えます。

もっと凄いところは「足の裏」を、くすぐるという行為を
思いついたことです。
私は「くすぐり」という行為を考えました。
くすぐり・・・実体験としては、まさにエロチックです。
人間の本能を呼び起こす究極の意識回復へのノウハウだと
驚愕し感動しながら拝読させていただきました。

質問をして来たカウンセラーさんは
どうも、人が耳栓を片耳に暮すと、人は何を感じるか・・・
を実験したいらしいですが
実験の目的がよく理解できないでいます。
私の五感は、生まれつきも含めて4つほど「愚鈍」に
出来ているので実験は不可能でしたが
生物学的には意識を支えるものの不具合があっても
他の作用が、逆に人間の「生」を応援しながら発達していくので
意識に特定されるとなると、意識に支障はないような気がします。

ただ
心理学的に考えてみると・・・「ムンク」の有名な絵を
思い起こしました。
人は「恐怖」に対して耳を塞ぐしぐさを瞬間的にします。
野生の時代、外敵の警戒センサーであった「耳」を塞いで
「恐怖にあえぐ心」を防衛するためでしょう。

耳栓をして暮して何を感じるか・・・意識というより感覚ですが
「うーーーん、耳に異物があって嫌だよん。」こんなところで・・・
曽我部先生、少し参考になったでしょうか?  爆。

いよいよ、年の瀬です。皆様、今年は御世話になりました。
良いお年をお迎えください!
来年もカウンセリングハウス「Concierge順子」を
どうぞ宜しく御願い申します。  

http://www.concierge-junko.com/
posted by junko at 15:03| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月29日

ドッペルゲンガー

g_beru-3-1.jpg

人は自己分身の幻視を見ると言います。
ドッペルゲンガーと呼ばれる、その幻視は文豪「芥川龍之介」も
見たと言われ詳しく調べていくと、現状の分身だけではなく
子供の姿・老齢姿もあるそうですが、何故かその姿を
人は瞬時に「自分だ」と識別するそうです。

医学的には側頭葉と頭頂葉の境界に腫瘍が出来た時に
見ることが多いとも言われます。
芥川龍之介の「神経衰弱」は有名ですが、現在、このような病理名は
存在していなく・・・専門家の間でも、
龍之介の症状を現在の診断名に当てはめたなら何か
論争されているところらしいです。

側頭葉と言うと*海馬*があるのでは・・・?
私は脳病理に詳しくはないですが、近年、ラットの実験から
統合失調症が海馬の歯状回の未熟に関係するという論文を
読んだことがあります。

また、このあたりは人間の「ボディイメージ」に関係する
脳箇所ではないでしょうか。

自己分身幻視であるドッペルゲンガーという不思議から
考えても・・・人間の脳の解明は、精神分析と共に
まだ、まだ、先のある科学なのでしょう。

心理学的には、もう一人の自分を感じることは
そう珍しいことでは無いと思いますが、もう一人の自分が
視覚で見えた時、その分身は自身の「葛藤」を背負っていたり
思わず耳を閉ざしたくなるような・・・「これも、また真実」の
自分の声を発したりすると
なんだか愛おしくも思えるのではないでしょうか。

posted by junko at 22:33| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月17日

実践とは・・・

今日の学び「実践とは、一生をかけてライフワークに
取り入れられるものである。」
カウンセラー仲間の「初田先生」と、永田町に足を運び
インテグラル・ジャパン代表の
鈴木規夫先生の講義を学んできました。

永田町の星陵会館にての勉強会でしたが、自身、何をライフワークに
しているのかと考えてみて
意外と頭を抱えてしまいました。

ジョギングは数年前に止めてしまったし
恋愛は、現在打ち止め状態が長いし
思うと・・・若い頃から続けていたことは、ここ数年間は
すっかり休止状態です。
感性を磨くことのために、せいぜい本を読み、映画を観て
哲学すること・勉強することだけは続いていますが、なんとなく
自分の癖のような気もします。

生き方自体が、若い頃と基本が変わっていないのは
成長がないのかもしれません。
そうそう
これから数十年続くライフワークがありました。
余生馬「カラブラン」の養育費を払うこと・・・これだけは
絶対、続けます。
でも、これって、自分が好きでやっていることですよね〜。

うーーん、ライフワークを所持することって
こんなんで良いのかしら??????  \(◎o◎)/!
posted by junko at 23:00| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

硫黄島からの手紙

s-sutorechia-2.jpg

「硫黄島からの手紙」を、DVDで見ました。
ロサンゼルス・オリンピックで、愛馬ウラヌス号と共に
金メダルを取った馬術の「バロン西」が硫黄島で亡くなったことは
史実に有名です。硫黄島の決戦は、日本にとって持久戦と
言われています。準・主役二宮和也さんが
「もう、5日も水も食料も口にしていない。」と呟くのが
顕著に、その戦局を表しています。

主演の渡辺謙さんは、アメリカに滞在していたこともあり
「無謀な戦争」だということを理解しているようです。
桝添大臣も、政治家になられる前「朝まで生テレビ」で
「日本は、飲まず食わずでいたところ、米ではビフテキを
食べていたのですよ。そんな戦争、勝つはずがないじゃないですか!」
とコメントしていましたね。

勝つ・負けるの論理ですが
何を基準として、誰が裁定するのが
戦争というものなのでしょう。

戦争以前の問題として、社会における
勝ち組だとか負け組だとか・・・何をもって
誰の判断で、どういう基準で決めるのでしょう。

例えば、A組とB組のメンバーが戦って、一人が残るまで
争って、焼け野原にA組の人間がたった一人で残ったとして
それに何の意味があるのでしょう。

硫黄島からの手紙は
最後に担架に乗せられて、二宮和也さんが力を振り絞って
「にかっ」と笑う・・・そんな結末が印象的な映画でした。

個人としての「幸福」
それに対して、集団とは「力」なだけであって
方向性を見定めて、個人としての「幸福」を増幅させる
「力」であり、それは、排他的な観念の上に成立はしない・・・
そして、集団を統率する者の人間性によって
個人が左右されることを、語っていた映画だと感じました。

後記として
時代は・・・・まさに統率者の能力が皆無になって
行く先が無く、選択の余地もない孤独を背負っている現代の
ような気がします。
まるで、孤独が飽和状態となり、カリスマを求めているかの如く
感じられたりもします。


posted by junko at 20:48| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月02日

我が家のお転婆娘

uma.jpg

月初めは、我が娘に養育費の支払いをする日です。
我が娘は、大喰らいではありますが
養育先の牧場主さんの、御厚意で、母である私の食費に
少しかかるくらいで済ませていただいています。
ええ、娘の方が大喰らいです。

月初めは、流石にいつも・・・牝馬である娘に会いたくなります。
娘の身体が大きいので、マンションでは一緒に暮せません。
いえ、私が養育(飼育?)に不慣れなので
とても娘を扱うことが出来ないのです。

一緒に暮せたら良いのですが、広い敷地が必要です。
何の縁なのでしょうか・・・産んだ憶えはないのですが
いつしか、本当に知らず知らずのうちに
娘を引き取ることになりました。

あんなに酷かった「喉なり」も、牧場主さんの、ご夫婦の
暖かな愛情で、すっかり良くなりました。
娘に会いに行っても、すっかり家族の一員になって
ご夫婦に甘えています。

何故か「ほっ」とする私です。
永遠の「足長おばさん」で、いようと思います。
たとえ、私が人参しか食べられなくなっても・・・ずっと。(^_^)/

自分以外に責任を持てる私は、きっと幸せなのだと思います。
そういう生き方が、私らしさ・・なのだと感じています。
カラブラン(写真の娘の名)は、あと20年くらいは寿命があると
思います。私の場合、責任がエネルギーを呼ぶみたいです。
私に何かあっても、娘が路頭に迷わないようにしています。

でも、あと20年は、何かやっていると思われる自分がいます。
私も娘も丈夫そうです。
20年後も、多分、せわしなく働いているのでしょうね。
だって・・・何もしていないと落ち着かないんだもん。 (^o^)
posted by junko at 00:02| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

300日法案

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離婚後300日を経ないうちに出産した子供を戸籍上
一律に前夫の子とみなす民法上の規定が、やっと改正となり
スタートしました。

離婚後の妊娠であることを医師が認めれば例外的に
再婚相手の子と認められます。ただし、肝心の離婚前の妊娠に
関しては自民党議員さんたちの「性道徳上、問題がある。」
として反対され、与党の議員さんたちで救済案を練っている
そうです。

「子供に罪は無い」という言葉があります。
性道徳上ということを考えると、思考や倫理通りにはいかないのも
人の感情のなせること・・・
自民党議員さん「婚外交渉」も、人の感情のなせることでは
ないのでしょうか・・・。 (=_=;;;

時代が変わると法律も変ってきます。
そして、変えないほうが良いと思う法律もあります。
変えたほうが良いと思う法律も、たくさんあります。
心理療法と同じですね。 (^_^)
posted by junko at 17:03| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

DNAの記憶か・・・

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ゴールデンウィークの中日の今日は、良いお天気で
どこも賑わっているみたいですが
テレビで、観光地の温泉饅頭などを万引きする
「ニホンザル」のニュースを見たことはありませんか?

これも多分、人間が生息地に食べるものを置いてきたか
人間が野生の猿に、下手に餌を与えてしまったかなのでしょうが
このニホンザルが人間に被害を齎さない様に
ニホンザルは何を怖れるか・・・実験してみたそうです。

実験結果は「ジャーマンシェパード」に対して恐怖を感じた
みたいで、シェパードの映像を流した画面の前に
バナナを置いたのに、全く取りにいこうともせずに
後退したみたいです。

私の妹は生物博士なのですが
「多分、日本にいた狼に対する恐怖のDNAの記憶」だと
分析していました。
「シェパードは、形が一番、狼に似ている犬」
日本狼は、その昔、日本の生物の頂点にいたのだと
考えてもよいのかもしれません。
posted by junko at 17:00| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

日高ニュース

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北海道・日高町の国道沿いに一匹の犬が生息している
らしいです。
この犬は「白い車」を見ると、国道に出てくるそうです。

近隣の日高の方たちが、水と餌をあげて小屋を作ってあげた
らしいのですが
多分、ご主人が迎えにくるのを待っているのだと思います。

人は現実的に、地球上の生物たちのイニシアチヴを
取っているのでしょうが
信頼という絆を、自分たちの手で切り刻んでいるのを
目の当たりにすると
人という形骸を身に纏った、人では無い生き物を認識するのは
私だけでは無いと思います。

何か事情が・・・そう考えることも可能なのでしょうけれど
何があっても自らの人生の一瞬、一瞬が
自らの心に刻むものを感じ取ったときに
「生」とは何か・・・その問いが見えてくるように思います。



posted by junko at 11:50| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月22日

輪廻

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輪廻・・・何度も生まれ変わり転生すること
たまに、こんな話題が会話に上ってきたりします。

その是非は、定かでは無いので、銘々の思うが侭が
真意となるでしょう。そう、何人にも確定できないテーマです。

本来、苦悩からの解脱を目的とした言葉でしょうが
仏教的には、解脱が最終目的なのですから
「輪廻」は、苦悩ということになります。
現実の世界とは、少し違った解釈です。
釈尊は、多分・・・輪廻転生をはっきりと明言したことは
無いような気がしますが、これも銘々の受け取り方でしょう。

こんな会話が上がった時・・・
よく解からないので、答えに窮した私は
「あったとしても・・・
無かったとしても・・・
私自身は変らないでしょう。」とだけ言います。汗(=_=;;;

神秘な世界に魅了され
一度は「輪廻」を想起する人の心とは、なんぞや・・・
これが、私の出発点であり、その存在の是非は
私にとって、あまり重要なことでは無いように感じます。

でも、生命の神秘を論ずることは嫌いではありません。
特に実証学的に解明してみたいと思います。 \(◎o◎)/!
これも、謎解きが好きな私の好奇心から来るのだと
個人的には、思っています。
posted by junko at 12:24| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

ペンギン・ネグレクト

タンカーの重油もれによる海洋生物の変化や
地球の温暖化によって、今、南アフリカのペンギンさんの間で
育児放棄(ネグレクト)が出てきているようです。

直接には餌になる「いわし」の量が減ったことと
関係するみたいですが
これも自然界の成り立ちの姿なのでしょうか?

地球温暖化は、世界中で現在問題とされていますが
人が人工的に発するガスによってオゾン層が破壊されている
と言われます。

「自分の首を、自分で絞める」のは
人の常であっても、共に生息する生物を巻き添えにする人の
欲望と知恵とは、ただの勘違いなのかもしれません。

自然界の掟を文明によって
乱しているのは人の見えざる心なのでしょうか?

posted by junko at 17:32| 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月11日

愛を無くすこと・・・ 愛するものを亡くすこと・・・

突然の愛の消滅によって、明日から急に愛が消失してしまうことと
無償の愛を捧げたものを亡くすことと
どちらが深く傷つくのでしょうか・・・。
そんなことを考えていました。

どちらの傷も心を抉り、涙を誘い、嗚咽の中で生きることを
強いられるのかもしれません・・・。

つい最近、無償の愛を捧げたものを失いました。
還らぬものを追い求め、追いすがり・・・癒されることのない日々の中で
自分自身が考えた明日からの道。

私は一生、この悲しみは忘れない・・・。
私は一生、共に生きた日々を記憶して、その慟哭を
共に抱えて嗚咽の中で生きていく・・・。
時が癒しを齎してくれたとしても、私は愛を背負いながら
共に一緒に生きていく・・・私の心の中で共に
自分が朽ち果てるときまで・・・。

自分自身のカウンセリングの吐息でした。
posted by junko at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

警察犬アルフ号

過ぎ去った「戌年」を懐かしみ、今日は、今も語り継がれる
「名警察犬・アルフ号」を偲んでみたいと思います。

あの「浅間山荘事件」にも要請を受けて出動し
警視総監賞にメダルとお肉をもらった警察犬史上に残る名犬
*アルフ号*を知っていますか・・・?
アルフは身体が小さくて体力が無いため、警察犬には成れないかも
しれないと言われてましたが、その嗅覚は他のシェパードの追従を
許さないものでした。
その上、訓練血統のシェパードは、かなり頭脳明晰で勇敢です。
パートナーの方とのコンビネーションによって
次々と難事件を解決に導き、警察犬のトップに立ちました。
そして、アルフ号への出動要請は日に日に、増え続け
それでもアルフは、小さな身体の続く限り頑張りました。
そして、あの連合赤軍事件の時にも要請を受け
パートナーとカップヌードルを食べたか否かは定かではありませんが
(日清食品のカップヌードルを有名にした事件がこれでしたよね)
大活躍をして表彰されて、名実共に警察犬のトップに立ったのです。

シェパード犬の優秀な種は、あの第二次世界大戦の悲劇の渦中
ドイツ軍に使われて、無くなってしまったと言われますが
現在、霧が峰で行われている大会などを見ると
シェパードの感性の豊かさ、言語理解能力、体力、判断力は
人間よりも凄いものがあるかもしれません。
何故なら、パートナーに「待て」と号令をかけられても
もしも、犯人がパートナーの背後に回ったとしたら
そのご主人の号令を、自らの判断力を持って、解放ち、犯人を襲う
という、一度、命令を自ら振りほどくという離れ業をやってのける
というのが、シェパードの凄さだからです。

警察の不祥事を、取りざたされる昨今
人もアルフ号を見習って、全力を尽くすことを学んで欲しいと思います。
そして、警察犬の出動を、あおがねばならない犯罪も
人が自ら作り出しているものであるという、人の愚かさを
もう一度、振り返って切開していきたいものだと感じています。


posted by junko at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

女命

確かに女には・・・
*命よりも大事なものがある*と、感じた日を過ごしました。
守り通すことへの執念でしょうか?意地でしょうか?執着でしょうか?
それとも
愛したものを、命がけで愛し続けたい・・・
自分の人生への切望でしょうか?

いいえ
私は何にも望んでいないのです。
ただ
愛したものが、今生で楽しんで、笑って、感動して
それが永遠という約束の元での神仏との契約であったなら
私は
たとえ、愛するものの傍にいなくても良いんです。

そうすることで
私の魂は癒され、救われるのだから・・・。


posted by junko at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

象のいない動物園

象のいない動物園

覚えていてくれていますか・・・?
私は戦時中の上野動物園で、子供たちの喜んでくれる姿が嬉しくて
芸をしていた象のトンキーです。

覚えていてくれていますか・・・?
花子・ジョンという仲間たちと、人気者だった私を・・・。

私は日本が戦時下にあった時、爆弾が落ちて檻が壊れて
私たち動物が、外に飛び出して人間に被害を加えたら困るということで
毒入りの餌をもらいました。
たしか「ストリキニーネ」とかいう毒だったと思います。
花子やジョンは、それを食べてしまいましたが
私は、そのリンゴは絶対、口にしませんでした。
だって、もう一度、子供たちの喜ぶ顔が見たかったんですもの・・・。

動物園の人は
そうやって意地を張っている私に、餌をくれませんでした。
ええ、軍の命令には逆らえないですから誰も責めることは出来ません。

でも
私は、お腹が空いて・・・お腹が空いて・・・
心の中まで、苦しくなりました。
もしかしたら人は私が死ぬのを待っているのかも知れない
このまま、ずっと、ずっと餌をもらえないのかも知れない
そんなはず無いわ・・・・だって私の芸を子供たちは待っているはずよ。

恐怖心と猜疑心と・・・それを打ち消し、私を世話してくれた人の
心を信じたい・・・
「動物園の人が、私を餓死させるなんてことあるはずがないわ。
隠れてリンゴをくれるはずよ。」
いろいろな気持ちが私の中に芽生えていきました。

ある日
どうしても、お腹が空いて・・・お腹が空いて・・・
私は
痩せ細った身体を、引きずって、ふらふらになりながら
芸をしてみました。
ええ
一個のリンゴが食べたくて・・・。
そのまま
私は天国に召されました。でも、こうして平和な日本で
子供たちが笑っている上野動物園を、お空の上から見ていると
天国で芸をしている私に微笑んでくれているような気がして
とっても、気持ちがいいの。


繰り返してはいけない悲劇があります。
二度としてはいけないことがあります。
そう、たとえ自分の生命をかけたとしても・・・・。
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2006年11月26日

命を紡ぐ〜ケンタロウ

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「我輩は犬である。名前はケンタロウ。
巷ではトイプードルと呼ばれているらしい。」

私と共に写っている犬のケンタロウ君は、秋田県のブリーダーのところで
生まれました。
でも、他の兄弟とは、ちょつと違っていました。
トイプードルにしては、大きくてオーバーサイズ・歯の噛み合わせも
歯列異常で、性格も○○○○と・・・生まれた時に「売れない犬」と
烙印をおされてしまったそうです。

ある日、東京で私の友人ご夫婦が
ご主人「犬でも飼おうか?」
奥様(友人)「そういえば、××さん、通信販売で秋田から
プードル買ったって言っていたから電話してみるね。」

りりーん。
××さん「はい、××です。えっ犬?それがねぇ・・・ブリーダーに
騙されちゃって、トイプードルを頼んだのに大きくて変な犬が届いたのよ。
頭に来て返しちゃったわ。」
奥様「えっ!でも、その犬どうなるの?」
××さん「うーーん。あれじゃ売れないから、廃用になるんじゃない?」
奥様「そのブリーダーの住所教えて! ! !」

その日の夜に、ご主人の車を走らせて、私の友人ご夫婦は
秋田県まで走りました。
長い、長い旅だったそうです。「無事でいて!」と・・・。

今、大き過ぎて、歯列異常の*ケンタロウ*は、東京で我関せずに
私の友人夫婦のマンションで、のほほんと暮らしています。
幸せそうに・・・。

家畜の幸・不幸は、人の志で決まります。
触れ合い、縁あった命を大切に紡ぐことも
人の使命なのではないのでしょうか、そして
人が、人だけの業を通した時・・・戦争は現代においても世界の
どこかで起きています。
「命」の重さを、人はもう一度、自分の足元から見つめなおすことが
大切なのではないでしょうか・・・?

posted by junko at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

命を紡ぐ〜愛馬カラブラン

寒くなりましたね。
冬将軍が訪れると、北海道で暮らす私の相棒のことを思い浮かべます。

私の相棒の名前は*カラブラン* (ゴビ砂漠に吹き荒れる砂嵐)
訳があって、一緒には暮らせません。
名前のように暴れまくります。
マンションで暮らすには危険が伴います。
いえ、けして、DVではありません。
私のペットは「サラブレッドの牝馬」なんです。 (`_`;;;

数年前、スポーツ新聞の一面をにぎわせた天才と呼ばれるU・T騎手の
落馬事故の記事を、ご記憶の方はいらっしゃいますか?
その馬の、真後ろをレースで走っていたのがカラブランです。
現在の我がペット*カラブラン*は、ターフの真ん中を2回転半しましたが
命だけは無事にもどって来ました。
私は前職は、中央競馬の馬主会社の秘書でした。
この悪運が強い牝馬の悪運を、なんとか遂げさせようと・・・
私が飼いました。

今は北海道の鵡川という「ししゃも」で有名な町で暮らしています。
飼い主に似て、気が強く、引っ越して来て直ぐに
群れのボスの座を奪ったらしいです。
飼い主に似ず、グッドプロポーションです。
ええ
1ハロン11秒台で走れました。
そして
飼い主に似て、繁殖牝馬になったことは一度もありません。
勇気のある方は、どうぞ種付けしてみてください。

いえ
飼い主の方では無くて、カラブランに・・・・。

カラブランの写真は、こちらでどうぞ。↓
http://www008.upp.so-net.ne.jp/manmaruishizaka/ishizaka_001.htm

*石坂牧場*さんは、ご夫婦で経営なさっている「余生馬」を
預かってくださる牧場です。お二人の、お人柄に惹かれて預からせていただきました。威張り馬を、お世話になっております。

命を紡ぐ・・・生きとし生けるもの全てに愛を込めて・・・。
縁あった生命の尊厳に対し、畏敬の念を込めて・・・。
我が命の尽きるときまで、共に生きると・・・。


ラベル:ishizaka010005[1].jpg
posted by junko at 15:22| Comment(0) | TrackBack(1) | 生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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